御曹司の溺愛エスコート
「桜、本当に手紙を読んでいないんだ。誰が隠したのかは見当がつくが」

「もう……いいの。思い出したくないし。お仕事でここへ来たのでしょう? もう帰る」


桜はきっぱり言い、立ち上がった。


「仕事で来たと思っていたのか?」


蒼真も立ち上がり、桜へ近づく。


立ち上がると今まで見下ろしていた桜は顔を上げなければならなくなった。


もともと蒼真の切れ長で茶色の瞳は、人に冷たい印象を与える。
しかし、3年前まで桜はその瞳を冷たいと思った事は無かった。
事故後に会った時、初めて冷たいと思った。


今の蒼真兄さまの瞳は温かい……。
あの時とは違う……けれど……。


桜は腕を伸ばして、蒼真の身体に抱きついた。


「さようなら」


そして腕を離すと、ドアに向かった。


「桜! 待つんだ!」


桜は蒼真が追いつけないほどの速さで、タイミングよく開いたエレベーターに乗り込み去ってしまった。
エレベーターが閉まる前に、桜の頬に伝わる涙を目にした。


「くそっ!」


次のエレベーターで向かったが、ロビーにも道路にも桜の姿はなかった。


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