赤道直下
ミロのヴィーナス
ミロのヴィーナスの腕がどーなっていたかなんて私は全然興味ない。
だって見ようとすればいつだって見れる。
ヴィーナスの腕はギリシャのどこにもあるわけなくて、私の家にある。
メロス島でヴィーナスが見つかる前から、腕は私の家で家宝として代々守られてきた。
父も母も兄も祖父も、私の家族のみんな、そのことには誇りを持っている。
私はわかんないけど。
父は毎年絶対、一年に一回はルーブル美術館にヴィーナスを見に来る。
それで、今日は私も一緒にヴィーナスを見に来た。
前に私がここにきたのは、私がまだ小学生のときだったかな。
あの頃と変わらず、ヴィーナスには腕がない。
不思議な気分。
ここにいる、ミロのヴィーナスを眺めているみんなは、ヴィーナスの腕がどんなものか想像してるんだ。
彼らは、私の祖父の気が変わらない限り、ヴィーナスの腕は一生見れないのに、私は見ようとすればいつでも見れる。
見ようとすれば。
「ねぇ。」
ある少年が私に話しかけてきた。
「君は、ヴィーナスの腕がもとに戻ったほうがいいとおもう?」
その質問に、私は吹き出しそうになった。
腕はうちにあるのに!
「さぁね。わかんない。でも、多分一生もとに戻らないとおもうよ。」
私は笑いをこらえて曖昧に答えた。でも本当のことだ。
少年はがっかりしたかもしれない。
しかし、少年の反応は意外だった。
「そうだよね。ヴィーナスの腕は見つかっても、もとにはもどれないよ。だって、みんな腕の無いヴィーナスに何かを感じているんだもの。」
私は驚いた。
みんな、ヴィーナスの腕が戻ってくれと願っているものだと思っていたから。
少年は去っていった。
私は、小さい頃父に一度だけ見せられたヴィーナスの腕を思い出していた。
しかし、あの真っ白な腕が、ミロのヴィーナスに、どのようにくっつくのか、全く見当がつかない。
だって、一度もそんなこと考えたこと無かった。
「そうか。そういうことなんだ。」
私は初めて、ヴィーナスの腕を守ることに誇りを感じていた。
<ミロのヴィーナス>