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「だけどさ、伊織ちゃんは違うんだよな……」
そりゃそうだろう。
お客さんがトイレに行こうとも、あたしの仕事が中断した訳じゃない。
むしろ、そんな時こそ頭のふる回転だったりする。
「でも、今日の伊織ちゃんは人間らしくてなんだかいいよ」
「色々な表情が見れたから得した気分♪」なんて言いながら、水滴がついてしまっているグラスを持ちながら、お酒をどんどん流しこんでいく。
梶原さんの笑顔の理由に、もちろん気分を良くしたわけじゃない。
こんな自分を見せてしまったのは、誰のせいだと……
答えはひとつ。
やっぱり飛翔くんに繋げてしまう
「なんか、ごめんね」
あたしの口からはそんな言葉が零れた。
この日あたしはどこの席についても、仕事に集中できずにめちゃくちゃだったのは言うまでもなく
ボトルを倒しお酒はこぼすわ、灰皿をひっくり返す
そして本日3つ目のグラスが手から落ちて、下に破片が飛び散ると同時にあたしは店長に呼ばれ席を立った。
「なにかあったの?伊織らしくないよ」
そう、そしてこの“伊織らしくない”って言葉は果たして今日だけで何人の人に言われたのであろう。
「ごめんなさい」
「調子悪いの?早く上がるか?」
優しい言葉に思わず涙が溢れそうになったが、グッとこらえては小さく頷いた。
ここにいても迷惑がかかるだけ
「じゃぁ、1時半になったら席に呼びにいくよ」
「はい」
「もう~本当、伊織らしくない」笑いながら肩をポンと軽く叩かれたが、それであたしの体はよろける
「おい、しっかりな!!」
「うん」
店長があたしを横切ると、肩の力が抜けた。