ハルアトスの姫君―君の始まり―
いつもならばこの時間は真っ暗闇のはずだった。
それなのに村のあちこちは赤く、激しく燃え上がっている。
シュリ様がいたことによって家の周りは辛うじて完全に守られていたが、それ以外は炎の渦が巻くほどの勢いで燃えている。


「…シュリ様、家に結界を張り直してください。」

「それはもちろんやってきた。問題ない。
そもそも…村への結界そのものが『ブレイジリアス』に破られたことが問題だ。」

「…そこについては後で考えましょう。
今は消火を試みなくては…。」

「やめろ、キース。」


シュリの華奢な腕が俺の腕を引き留める。
キースは強く振り返った。


「何故です?」

「…無茶なことをするな。もう何もかも遅い。
これは普通の炎などではない。
意図して使われた『悪意ある』炎だ。魔力を持った者が故意に炎を使えばこうなる。そしてその炎は通常の炎とは比べ物にならないほど凶悪だ。
…村は灰になる。灰しか残らない。」


シュリ様の言葉は俺にどうしようもなさを叩きつけた。
何もできないことは、この炎を見た時から分かっていた。頭では正しく現状を理解していた。
それでもどうにかしたかった。
それなのに…


「ただ見続けることしか…できないんですか?」


全身に薄く水を纏う魔法を施していても足りないほどに熱い。
それほどまでに激しい炎を目にして、ただ村が焼けていくのを見ている。
それは言葉では言い表せないほどに屈辱的だった。


「それがあなたたちの限界だからです。」


不意に降ってきたどこか聞き覚えのある声に顔を上げたのは、シュリ様の方が数秒早かった。

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