ハルアトスの姫君―君の始まり―
「『ルナに会いたくはないか。』
これがジョアンナ様からの伝言です。」


…『ルナ』
それは特別な響きを持った名だった。
それでも、もう今は…。


「会えるはずもない。」

「不可能はいつか可能になります。
不可能を可能に変える力を持つ者こそ魔法使いなのですから。」

「戯言を。」

「シュリ・ヴァールズ。あなたにも会いたい人はいますか?
こちら側に与すればその願いは叶うかもしれません。」

「生憎だが、私にはもう会いたい者など存在しない。」

「死は今や死ではありませんよ。」

「死ではない。
…死んでなど、いない。」


微かにシュリ様の声が震えた。
それはもしかすると、自分だけが気付いたのかもしれない。


「会おうと思えば会える。
だがもう会いたくない。」

「なるほど。やはりあなたを引きこむのは難しいようです。」


そう言うと余裕そうにもう一度笑って、シャリアスは風を纏い始めた。


「キース・シャンドルド。ハルアトスの城へ来れば、今あなたの守りたいものを守れるでしょう。
…それでは。」


風の音が遠ざかっていく。
焦げ臭さも風で吹き飛ばされていく。


村に残ったのは、切ないほどに大量の灰だけだった。

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