ハルアトスの姫君―君の始まり―
ジアの表情はただただ苦しそうで、時折きゅっと手を強く握っている。
そんな手にそっと自分の手を伸ばした。


ブレイジリアスの香りはヒトを惑わせる。
ヒトを眠りの世界に引きずり込み、そして見せるのは悪夢。
そんな副作用のようなものを持っている。


キースとシュリがそれを回避できたのはひとえに魔力の力によるものだと思っていい。
ジョアンナの作ったブレイジリアスの最大の威力は炎に反映される。
魔力の強いものが作ったとしても、その香りにまで影響は及ばない。
だからこそ、シュリとキースは回避できたのだ、その悪夢を。


「…っ…。」


またしてもジアが右手を強く握りしめた。
あまりに強く握りしめるため、爪の痕が掌についてしまいそうだ。


「…いか…ないでっ…。」


ジアの頬を涙が一筋、流れ落ちていく。
夢の中の誰かに言っているはずなのに、自分に言われているような気がしたのはどこか身に覚えがあるからにも思う。


ジアの頬を伝う涙をそっと指で掬った。
そしてそのまま頬に手を添える。
悪夢のせいなのか、肌は異常に冷たい。


「さよなら、なんて言いたくないけど。」


泣き顔なんて見たくない。
そんな苦しそうな顔だって見たくない。
でも、守りたい君を傍にいることで守る方法が見当たらない。
だから…


「さよなら、だね。ジア。」


そう一言呟いて、俺はジアの身体を抱きかかえた。

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