ハルアトスの姫君―君の始まり―
「ヴィステン…。」


〝ヴィステン〟と呼ばれた男はジョアンナに背を向けたまま言葉を紡ぐ。


「そんな声で呼ぶな。俺は死なねぇよ。」

「…それは約束できない…でしょう?」


〝今〟とは違う、穏やかな話し方のジョアンナがその背中に問い掛ける。


「できる。俺は必ずここに戻ってくる。」

「私の言葉は…もう何も意味を持たないのね。」

「俺の意志の固さはちゃんと分かっているんだろ?」

「…そう…ね…、分かって…いるわ。」


行ってしまう人と、追い掛けられない人。
―――何故だか不思議なほど、重なって見えた。あの日の自分とキースに。


「魔法使いならば誰でも戦場に赴けるはず。」

「…お前を行かせる気はない。」

「ヴィステン。」

「…俺が戦いを止める。だからお前が行く必要がない。」

「じゃあ、戦いが止まらなかったら行ってもいいのね?」

「ああ。約束だ。」

「…約束。」


ジョアンナの頬に、ヴィステンがそっと手を添える。そして自然とその頬に口づけを落とす。


あたしは二人には見えていない。二人の時間軸の中にあたしはいない。
―――だから、今こうして二人の過去に立つことは本来許されていいはずがない。
でも、どうしても…ジョアンナの一連の動きの理由を知りたい。
理由を知って何になるのかは分からない。それでも知らないまま彼女を責めることは少し違うような気がするから。


「ヴィステンはどんな想いで…?」


ジョアンナに背を向けて階段を上り、自室のドアを開けたヴィステンを追い掛けた。

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