ハルアトスの姫君―君の始まり―
「ひゃっ…!」


キースの胸に抱きとめられる。背中にぐっと腕が回った。


「キース…?」

「風の魔法で上まで飛ぶよ。…穴はまだ開いたままだ。」

「でもジョアンナが!」

「…もう呼び掛けても無駄な気がする。
俺たちの声なんて彼女には届いていない。」


ヴィステンがジョアンナの頬に手を添える。
少し前まで小さかったはずの足元の穴が徐々に二人を飲み込んでいく。


「ジョアンナっ…!それはヴィステンかどうか…。」

「穴の開くスピードが速すぎる。このままじゃ本当に飲み込まれる。
…出るよ、シュリ様だってシャリアスだってもう限界だ。」

「でもこんなとこに置いて行ったら何が起きるか…。」

「分からない。でも、もう身体の半分以上が飲み込まれてしまった人をこっちに引きだす術を俺は知らない。
…君も知らないだろ?」

「…それはっ…。」





「…ヴィステン…もう会えないと…思っていた…。」

『…俺もだよ。…形はどうであれ、再会を果たせた。
…守れなくて、ごめんな。』


ふるふると首を振るジョアンナがぼんやりと映る。
首を振る度に涙と思しき水が穴の中に吸い込まれていく。


『…約束、守れなかった。』

「守って…いる…。」


それ以上、二人の会話は聞こえなかった。
身体がふわりと風に包まれた。

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