ハルアトスの姫君―君の始まり―
「俺は優しくなんかないよ。本当に優しかったらあんな風に斬れるわけがない。」


そう言った瞬間に、目に見えてジアの表情が曇った。
〝気付いてほしい〟と思った。
俺は優しくないということにも。本当に優しいのは君だということにも。
ここまで言ってしまったらきっとシュリ様に叱られてしまうのだとは思うけれど。


「ジアが何を望むかだと思うよ、戦いの場の自分に。」

「え?」

「ジアが出した答えをシュリ様は知りたがっている。
表面的なものではなくて、その心の奥底のものをね。」

「…もうちょっと整理してみる。」

「うん。俺で良ければいつでも相談して。話を聞くくらいならできるから。」

「ありがとう。今日も…少しぐちゃぐちゃは減ったかも。」

「そっか。それは良かった。」


自然とお互いから零れる笑みに、心の奥が少しだけ和らいだことには気付かれていないようだった。


「そろそろ戻ろう。勢いだけで飛び出して来ちゃったんだろう?」

「うっ…なんでそれを…。」

「ジアっぽいかなって思って。」

「…なんか頭の中、いっぱいいっぱいで。」

「うん。それもなんとなく分かってたよ。」

「嘘!」

「本当。」


自分の信念として、君に嘘は吐かない。
だから今は言えないことがたくさんある。
たとえば、『君の手を汚したくない』とか。そんなことは言えない。
それがどれだけおこがましいか、分かっているから。それにその決定権は自分にはないから。


『守る』という言葉一つさえ言えない。
それは身分不相応だし、君がそれを望まないことも知っているから。

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