平安異聞録
数えきれない程の色とりどりの美しく、身に纏う方が気後れする様な煌びやか衣。
絶対の忠誠と羨望の眼差しを向け、自分に傅く女房たち。
望まぬとも舞い込んでくる、贈り物の数々。
乞えば、直ぐに集まってくる知識人に賢人たち。
揺るぎない地位、名声。
何不自由ない暮らしぶり。
誰もが、喉から手が出るほど欲しいもの。
だが、そんなものに拘らない者も居るというのも確かだ。
───暗い塗籠に仄かな橙の灯りが揺れている。
微かな灯りを頼りに黴臭い書物を読み耽っている、見た目ばかりは大貴族の一の姫とも、内親王とも見紛う少女、かの有名な大陰陽師安倍晴明の一の姫、安倍聖凪もそんな奇異な考えの持ち主である。
父の身分は下の上か、中の下か。そんなに煩わしそうもない身分なのだが、何分、母親が父とは段違いに身分が高いのである。
抗統べもなく、貴族社会に放り込まれてしまったのだから、気苦労が絶えないのも哀れな事だ。
とは言っても彼女は、生まれた時から大貴族である祖父からの恩恵を受け、大貴族並みの生活を送ってきている。
下流貴族の生活などを知らないから、言える事であるのも確かである。