平安異聞録



暗闇に目が慣れはじめ、自分が今しがた読んでいた書物の輪郭が浮かんでくると、今更ながら火を消してしまった事を後悔する。



陰陽道の根本的な知識は頭に入っているが、偶々手に取った書物は少しも耳に馴染みのない、外つ国の呪術の術式が載っているもので、それもどうやら父自ら書き替えたようだった。



少し古いようだが、いつ頃の物だろう等思案しながら聖凪は深く頷いた。



やはり、わたしは男女間の物語よりもこういった学書を本能的に求めているのよ。



火が消えて暫らく経ち、既に白煙さえ消えてしまっている手燭を恨めしげに見つめ、聖凪は右手で印を組んだ。



手燭に火を付ける事は諦めた。そんな事をしなくても、見えるには見えるのだから。ただ、手燭で読みたい気分だったのだ。



聖凪が印を額まで持って行った時、唯一の出入口である妻戸が容赦無く開いた。



ずっと暗い所に居たため、急に明るさに目が開けられない。



左袖で顔を匿いながら、少し目を開けると逆光ながら、直ぐに誰と判別出来る、見慣れた背格好の人物が仁王立ちしていた。



聖凪はその人物を認め、あからさまに嫌そうな顔をする。



対して、妻戸に立っている聖凪の乳母であり、周りの者からは中将の君と呼ばれている柊杞が、額に青筋をたてながらも必死に笑みを取り繕っているのだった。



余談だが、柊杞とはもちろん中将の君の本当の名ではなく、幼い頃の聖凪が勝手につけた名だ。



聖凪はそんな柊杞から視線を反らし、何も見なかったかのように、すっと立ち上がった。



そして、何事もなかったかのように自分の横を通り過ぎる聖凪に、流石の柊杞の眉間もひくひくと動いた。



「‥姫様。何度言ったらお分かりになりますか?手習いからお逃げになって、もう小さな子ではないのですから、気品がある振る舞いをなさって下さい」



「あら、ごめんなさいね」と少しも反省の色の見えない聖凪に、柊杞も沸々と煮えたぎる思いを抑える事に集中する。



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