平安異聞録



柊杞のこの熱心さは一体何処から来ているのだろうか、もしや私を内裏の女房にしようとでも考えているのだろうか。



そう考えて、聖凪はまた表情を崩した。それも御免蒙りたい。あんな怨み辛みしかないような場所など気が滅入ってしまう。



私は出世しようとも、名を残そうとも考えた事などない。



「そんなに熱心に教育されても、わたしは女房になる気なんて更々持ち合わせていないわよ」



やる気無さげにぽつりと呟くと、柊杞はむっとした様に眉を吊り上げた。



「私はただの一度も、姫様に何処其の姫の世話をしてもらおうなど考えた事はございません」



柊杞は自分が仕える姫を見て、心の中で「それに姫様は宮仕えが出来るたまではない」と何度も頷いた。



「私ごときが口にするのは恐れ多い事ですが、願わくは当代の帝に入内して欲しいと女房一同思っております」



ぴしゃりと言ってのけた柊杞に、聖凪は口をぽかんと開けた。



当代の帝に入内。



そんな夢物語など笑う気さえ起きない。



父の身分でそれを考えるのは、恐れ多いも何も身の程知らずだ。



元々、祖父の所から母と共にやって来た女房たちだから、考えてしまうのも無理はないだろうが。



「大殿はそれをお考えです。」



続いた柊杞の言葉に、聖凪は苦笑が浮かぶ。



お祖父様ったら……



「いつもの戯れ言よね?」



聖凪が笑顔で振り向くと、柊杞の顔が言葉よりも雄弁に「本当」と語っていた。



───逃げる。



柊杞はそう察知し、少々無礼だががっちりと聖凪の腕を掴んだ。



逃げ遅れた聖凪は、「逃がしませんよ」と強気に笑う柊杞を少し高い位置から、恨めし気に見つめるのだった。



< 6 / 12 >

この作品をシェア

pagetop