平安異聞録



聖凪の成人の儀である裳着まであと一月となった、ある望月の夜。聖凪は父である陰陽頭に呼ばれ寝殿へと足を運んでいた。



寝殿へは、調べ物や捜し物で頻繁に足を運んではいたが、こうして父の方から呼ばれるのは珍しい事だ。



父だけでは手が回らず、自分にもおこぼれが来るかもしれないと、聖凪は最近では珍しいほどの笑顔だ。



対して、少女の正面に腰を下ろしている安倍晴明は何処かやつれているようにも見える。



脇息に凭れ、片手で占具を弄り一言も発しない晴明に、ご機嫌だった聖凪も流石に首を傾げた。



「父上、何か御用があったのではありませんか?」



晴明は聖凪に一瞥くれてやると、今度は自分の側に置いてあった文に視線を落とした。



妻である北の方は、義父の地位もあり若い頃は政略的な恋文はそれはそれは多かった。



尚且つ、天女の化身とも月の遣いとも桜の精とも囁かれる、大層な美貌の持ち主で、「我妻に」と望む声も少なく無かった。



当代の帝も興味を示していたらしく、今でも冗談混じりで恨み言を言われる程。



元々は義父も入内させるつもりでいただろうし、帝には頭が上がらない。



そして、自ら言うのも何だが私自身“異形の子”という事もあり他人より少々整った顔立ちをしている。



そんな自分と妻のなした子だけに、正面に座している娘は、都の貴族たちに当代一と噂される程に成長している。



今までもこの体の文は沢山あった、言ってはあれだがこの文の差出人よりもいい話もざらにある。



だが、時期が時期だけに今までの中で最も正式なのだ。



この子の裳着の件は極力伏しておいたのに、一体何処から洩れ聞いたのか。



それは、都一の陰陽師だろうが、頭を抱えため息の一つもつきたくなると言うものだ。



聖凪を見据え、晴明は深いため息をついた。…………心底遣る瀬なさ気に。



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