zinma Ⅰ
淡い景色
窓から小鳥のさえずりが聞こえてくる。
まだ日は昇っていないのか、ほんの少し白み始めた景色をベッドの上から見る。
また、悪い夢を見たな。
だがもう長いこと良い夢なんか見ていないから、慣れたんだけど。
あの夢を見て目覚めるのが、僕の日常。
毎日欠かすことなく、この夢。
そこまで考えて僕は身仕度を始めた。
「おはよう、イルト。」
「おはようございます、アルマさん。」
毎朝、日が上り始めたばかりの、まだ薄明るい時間に僕は目を覚ます。
朝早く起きることを、つらいと思ったことはなかった。
朝起きたと同時に香る、家中に立ち込めるパンの香や、早朝の青白く光る村。黙々とパンを作るアルマさんと、そのキッチンを流れる穏やかな時間。全部が僕にとっては、朝起きて味わう価値のある大切なものだった。
そして何より。
「今日も朝早いのね。」
「はい。いつものことですから。」
「じゃあもしかして今日も手伝っってくれるの?」
と、アルマさんが聞く。
早朝から始まるアルマさんのパンの仕込みを手伝うのはいつもの僕の習慣だった。
別に頼まれたわけでじゃない。だれかに言われたわけじゃない。
ただ。
他人である僕を、文句も言わず、むしろ本当の子供のように育ててくれるアルマさんを、少しでも手伝いたくて。
だから僕は微笑んで、
「もちろんですよ。」
と答える。
するとアルマさんが、ほんとに嬉しそうに、
「ふふ。ありがとう。」
と笑う。
毎日アルマさんは僕にそうやって笑う。いつものことなのに、毎日毎日、ありがとうと言う。この1年。僕がこの家に来て、そして、仕込みを手伝うようになってから。毎日。