私はダメ人間じゃない~ネットカフェ難民の叫び~
こんな時に、とは思うが、それは母が悪い。これを機会に母にはゆっくり眠ってほしい。

その女性は、あらかじめ用意していた小さな紙切れを取り出した。

そこには日付と貸した金額が細かく書かれている。その合計を計算すると、20万円という高額なものになった。

「ホントに申し訳ありませんでした。すぐにお返しいたしますので」

それを聞いて、女性は表情を和らげた。そりゃそうだろう。主婦にとって20万円というのは大金だ。

「いえ、良いのよ。それより、これから大変ねえ」

その女性の連絡先を書き留めると、私は椅子に腰をおろしてため息をついた。

(お金がいるなら……なんで私に言ってくれないのよ)

そんな母の生前の行動に、寂しさがひときわになって胸を締め付ける。


私は斎場の外に出た。


夜でも雲が厚いのがわかる。灰色に濁った冬の空が広がっていた。

(この空のどこにも……私とつながってる人は居ないんだな)

冷たい風が体を通り抜けてゆく。胸に風穴があいたような気持ちだ。


涙がこぼれないように空を見上げた目に、小さな白い粒が舞い降りてくるのが映った。

『雪が産まれた時にね、すごく雪が降ったのよ。だから雪って名前にしたの』

雪を見るたびに言った母の言葉。


「お……母さん」


遠い記憶のなかの言葉が、ついさっき聞いたことのようによみがえってきた。

そして私はこらえきれずに、大声を上げて泣いた。



ドンと壁を叩く音で私は目を覚ました。

モニターの横に置いてある携帯電話が、しきりにアラーム音を鳴らしている。

隣の住人が、なかなかアラームを止めない私に業を煮やして、叩き起こしたようだ。

目が覚めた瞬間から気が重くなる。

アラームを消すと、バッグから着替えを取り出した。これからシャワーを浴びれば、そのまま憂うつな一日が始まるのだ。

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