KISS

「ミサキ、先生来てくれたわよ?」
「えッ!? ちょ..ちょっと待って!!」
階段の下から聞こえたお母さんの声に、あわてて机の上の雑誌を隠した。ファッション雑誌。
ネイルの雑誌。
占いの雑誌。
男の子の研究がしてある雑誌。
それからほんの少し大人の女性向けの、いろいろドキドキなことが載っている雑誌。
この春、中学3年生になった私は、おしゃれや恋に興味津々。
でもおこづかいで買うのはもったいないから、図書館でバックナンバーになった瞬間、貸出が始まる雑誌を一番に借りてくる。
そして、お母さんが言う"先生"。
その件について報告されたのは、今日の朝の出来事だった。


看護師のお母さんと久しぶりに一緒に朝食を食べていた時、当たり前のように切り出された。
『ミサキ、今日から家庭教師の先生きてくれるからね』
『え?』
『もう今年は受験だからね!頑張れッ。わが娘よ』お母さんは若くて綺麗で、私の憧れ。
ただ一つ納得できないことは、予告がいつも直前すぎること。
『ちょっと待ってよぉ。今日からって?それに塾とかでいいよ。家庭教師なんて高いんだから』
『だめ。お母さん仕事で塾の送り迎えできないもの。夜道は危険なんだから!!』
相談じゃなくて結果しか言わないところ、ほんの少しどうにかしてほしい。結局はお母さんのペースに持ち込まれた。朝の忙しい時間にそんなふうに突然報告された。

「あ、先生。うちの子ガリ勉タイプだから。」
「え?ガリ勉?」
「ええ。性格は明るいんだけどガリ勉。でも、将来は先生と同じT大学に行ってほしくて」
「え!?高校受験じゃなくてもう大学のことを?」
「そうよ。女手一つで育ててるから、やっぱり近所の国立大学が一番ありがたいわ。お願いしますね、先生。」
「ああ..はい」
階段の下から男の先生と、お母さんの声が聞こえてくる。プレッシャーをかけられて、気の毒な先生...。
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