KISS
私が小さい頃にお父さんが亡くなってから、お母さんは看護師の仕事をしながら、女手一つで私を育ててくれた。仕事で夜もいないことが多く、小学校の高学年からは1人で過ごすことが多かった。でもお母さんの働く背中をちゃんと見てきたから、寂しいという気持ちよりも期待に応えたいという思いが強くて勉強は人一倍頑張ってきた。そんな私のことをガリ勉だと思っているけれど...。本当はおしゃれも、友達とカラオケやショッピングに行くことも大好きな普通の女の子。お化粧も内緒で研究したり、好きな男の子の話をしたり。

「たくさん頭に詰め込んじゃってくださいね。私はこれから仕事だから。用意してある食事ミサキと食べてください」
「あ...すみません。遠慮なくいただきます」
階段を駆け上がってくる、今までに聞いたことがない大きくて強い足音。ノックの音がして、低い声がした。
「ミサキちゃん、こんにちは。開けていいかな?」
「ちょっと待ってくださいッ」
テーブルの上に並べてあった、マニキュア、口紅、マスカラ、いろんなものを一気に手提げ袋の中に突っ込んだ。
「どうぞ」
「こんにちは」
ドアを開けた瞬間、目が合ったその人を見て自分の顔が赤く染まったのがわかった。初めて感じる大人の男の人。同じクラスの男の子たちと全然違う。見上げた顎のラインの骨っぽさ。少し茶色がかった髪。色気...ってこういうことを言うの?
胸がキュンと絞めつけられたのがわかった。
「初めましてミサキちゃん。今日からよろしくね」
「はい..よろしくお願いします」
ポンと高い位置から頭をひと撫でしてくれた手のひらが思った以上に大きくて、ドキドキが止まらなくなった。

私は男の人に免疫がない。お父さんは小さい頃に亡くなってほとんど記憶にない。お兄ちゃんもいない。だからだよね?止まらない心臓に一生懸命、理由をつけた。
< 5 / 6 >

この作品をシェア

pagetop