AKANE
「この人は、わたしが襲われているときに助けてくれただけだよ」
 このまだ幼さの残る少年王が、フェルデンを庇っていることは明らかだった。
 魔王の側近は目を細めると、じっと小柄な騎士を疑わしい目つきで見つめた。
 勘の鋭いこの男は、既に誰が犯人なのかを心中で察しているようだった。
「ほう、我が国の王を救ってくださった恩人とはそれは失礼を。この国の祝い事に紛れて招かざる客が紛れ込んでいるようですね。直ぐに兵に命じて捜索させましょう」
 気まずそうに下を向くと、朱音はちらりと小柄な騎士を盗み見た。モスグリーンの優しげな瞳は、戸惑ったように朱音の黒曜石の瞳を見返してきた。
「きっともうこの城にはいないと思う。この人が来てくれたとき、驚いて窓から逃げてったから・・・」
 アザエルは全てを知っているかのようにふっと口元を緩めると、
「そうですか・・・」
と一言言うと、それきりそのことについて触れてくることはなかった。


「ねえ、クイックル」
 窓の外からちょんと部屋の中へ入ってきた真っ白な鳩がきょとんとした目で首を傾げる。
「わたしは一体誰だと思う?」
 砕いたクッキーを手の平に載せて差し出してやると、小さな白い友達は、嘴でそれを上手に啄ばみ始めた。
「あの人に殺したい程嫌われてしまって、わたしはどうして生きていったらいい? あの人に会えないのなら、もう生きている意味なんてないのに・・・」
 朱音は気が緩めば滲む目尻の涙を、黒い服の袖でごしごしと擦った。 
 ルイが言うには、黒はこの国で最も高貴な色で、その色を身につけることが許されているのは国王とその親類だけだということだ。
 考えて見れば、あの魔王ルシファーの側近であるアザエルでさえ、黒に限りなく近い藍の衣服を着ているところしか見たことがない。
 コンコンというノックの音で、いつもの従者服に身を包んだルイが顔を覗かせた。
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