AKANE
 淡々と話すアザエルは、自分の手首に嵌められた枷を朱音に見せた。美しく彫刻された一見腕輪のようにも見える金の枷は、女性のように美しいアザエルの手首にしっかりと嵌っている。
「それにこれがある限り、わたしは魔術を使用できないですし」
 アザエルの背後で、小柄の騎士ユリウスが口を開いた。
「その手枷は、魔力を無効化する特殊なものです。魔族の罪人を護送する際に使います」
 朱音は不意打ちを食らったような顔をして、その金の手枷に触れる。得意の魔術を封じられ、自分自らサンタシに行こうとするアザエルの真意が全く読めない。
 朱音に追い付いたルイは、事の成り行きを解せず、息を切らせながら心配そうにその様子を見守っていた。
「さて、いよいよお別れでしょうか。ルシファー陛下のお望みを叶え、貴方をこの国へ連れ帰り、貴方のお姿を拝見できたこと、光栄でした」
 柄にもなく、アザエルはもう二度とここへ戻ってくることがないような口振りで言った。
「クロウ陛下、貴方にまだ魔力が戻っていないことを、決してそこにいるルイ以外の者に洩らしてはなりませんよ。周りは全て敵だとお思い下さい・・・」
 そっと朱音の耳元でそう囁くと、アザエルは二人のサンタシの使者に向き直った。
「アザエル閣下・・・!」
 ルイが思わず声をあげた。
「わたしが留守の間、陛下を頼んだぞ」
 振り向きもせず、アザエルは荷馬車に乗り込んだ。フェルデンがぴしりと馬に鞭打つと、ゆっくりと荷馬車は動き始めた。
 結局最後まで金の髪の青年を直視できなかった。まだ見る度に痛む胸を押さえながら、もう二度とその腕の温もりを感じることはできないだろうと、朱音は遠ざかる馬車をいつまでもじっと見つめる。
 そして、世界で一番憎い筈のあの碧髪碧眼の男が、少しずつ遠ざかっていくというのに、なぜかツキリと胸が痛んだ。
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