AKANE

2話 キケロ山脈

『タシタシタシ』
という奇妙な音で朱音は目を覚ました。
 朱音の眠るベッドの傍らには、ルイが毛布に包まったまま可愛らしい寝顔で寝息を立て、クリストフは、丸テーブルに突っ伏したままいつの間にか寝入ってしまったようである。
 薄着の彼の肩にも、今はブランケットが掛けられている。流石に寒くなったのだろう。
『タシタシタシ』
 未だ続く音の正体を追い、朱音はそっとベッドを抜け出した。
 二人を起こさないように細心の注意を払い、立てつけの悪いドアをなんとか開くと小屋の外へ出た。
 外気は冷やりとし、朝霧がかかっている。しかし薄暗いながらも確かに太陽は昇り始めていた。冷たい空気にまだ半分眠りの中にいた朱音の頭がすっきりと晴れていく。
 先程よりも近くで鳴る音の方を見て、朱音は思わず笑みを洩らした。
「クイックル!」
 朝霧の中に見えた小さな影は、あの小さな白い友達、クイックルだったのだ。  
白鳩は懸命に自らの翼をはたたかせて、小屋の窓を叩いている。
「おはよう、クリストフさんを呼んでいるの?」
 微笑みかける黒髪の朱音に気付き、クイックルはホロホロと喉を鳴らしながら首を傾げる仕草をした。
「おや、エリック、戻ったのかい?」
 突如背後で見知らぬ声がして、朱音ははっとして朝霧の中に目を凝らした。
「いつ戻ったんだい? 戻ったんなら声くらい掛けて・・・」
 そう言い終わらないうちに、霧の中から現れた中年の女は口をあんぐりと開けた。女は、芋のようなものをいくつか入れた網籠を腕に抱えていた。その中の一つがころんと地面に転がると、女ははっとしたように言った。
「こりゃあ驚いた・・・。あんた、えらい別品さんだねえ! エリックのこれかい?」
 小太りな女は、空いた左の手の小指を立ててにかりと愛想よく笑った。
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