AKANE
 フレゴリーの言うように痛みは麻痺などしておらず、フェルデンは痛みから逃れようともがいた。ユリウスは暴れる腕と足を必死で押さえ込む。精神力の強いフェルデンがこれほどまで苦しむ姿を見ると、傷の痛みは相当なものと予想される。
 傷口からはどす黒い血液が夥(おびただ)しく流れ出している。
 フレゴリーは蒸留水で何度も何度もその血を洗い流した。
「す・・・まない・・・、アカ・・・ネ・・・」
 フェルデンは虚ろな目で天井をじっと見つめたまま、うわ言のようにそう繰り返していた。
「さて、悪い血は抜いた。縫合するぞ」
 フレゴリーの手は不気味に真っ赤に染まっている。使用を終えたメスはトレーの中に沈み、カランと音を立てた。途端、トレーに張られたアルコール水がピンク色に変色する。
 フレゴリーが開いた傷を縫い始めても、フェルデンは数回「うっ」と呻いただけで再び暴れることはしなかった。それでもユリウスは、友の痛みが少しでも紛れるようにとずっとその手足を握り締めてやっていた。

「さあ、ご苦労さん。傷の手当はとりあえず終わった。後は彼の回復力にかけるしかない・・・」
 フレゴリーは水桶で手に付着した血を洗い流すと、緑色の液体を綿に浸し、ピンセットで丁寧に傷口につけていく。
「これは自家製の傷薬だ。傷の治りが早くなる」
 ユリウスはこくりと頷いた。
 そしてフェルデンの額に浮かぶ汗を布で拭ってやった。
「きみは彼の友達かい?」
「はい」
 フレゴリーの質問に、ユリウスは間髪入れず返答した。
 診療所の前に停めた荷馬車にはアザエルが残っている。腕を拘束はしているが、あの男が逃走したのではないか、と急にユリウスは不安になった。
 診療所の窓から慌てて荷馬車の方を覗くと、荷台の上にフードを被った影が変わらぬ姿勢で座っているのが確認できた。
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