AKANE
 一瞬のことであった。
 覆面の男が些か眼を見開くと、無言のまま前のめりに砂利の上に豪快に倒れ込んだ。
「ぐああ!!」
 ユリウスとやり合っていた男が、額からだらだらと血を滴らせ、バランスを崩して後退していた。
「誰の差し金だ? 狙いはなんだ」
 ユリウスは、剣の切っ先を男の首に押しつけ、問い掛けた。男は何も言わず苦しげに血の流れていない方の目でユリウスを睨み上げた。
「答えろ!」
 覆面の男は、ぱっくりと口を開けた額の傷を両手で押さえながら、ちっと舌打ちをする。ちらりと横目で倒れた仲間の近くに転がっている剣のありかを確認すると、男は隙をついてその剣に手を伸ばした。
 しかしユリウスはそれを逃さなかった。男の胴にざくりと剣を突き立てると、男は身体を硬直させてどっと道へ倒れた。
 ユリウスはふうと息をついて碧髪の男を振り返った。拘束していた縄は断ち切られ、湾曲した剣が握られている。
 はっとして慌てて剣を構えたユリウスを他所に、アザエルは持っていた剣をぽいと無関心に放り捨てた。
「閣下!」
 ザアアアと降り付ける強い雨の中、ここでは聞く筈のない少年の声が響いた。
 アザエルが物静かに振り向いた先に、灰色の髪の少年の姿。黒く曇った空の下では、不思議とその色は銀にも見えた。
「なぜお前がここにいる・・・」
 じっと目を細めた冷たいアザエルの声。灰色の髪の少年ルイは、物言いたげに少し口をぱくつかせると、しゅんと下を向いてしまった。
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