AKANE
「ああ、もう我慢できない!」
朱音は客室に入った途端、頭と顔を覆う大きな帽子を脱ぎ払ってベッドの上に放り投げた。
「このドレス、苦しすぎるよ! 息もできない! 貴族の人たちってほんとに毎日こんなドレス着てるの?」
灰のハットを優雅に外すと、ふっとクリストフが笑みを漏らした。
「お洒落には多少の我慢は必要なものですよ、アカネさん」
苦しそうに胸に手を当てる朱音の顔色は少し青くなっている。
「陛下・・・、とてもお美しいです・・・」
ルイがうっとりとした表情で朱音を見つめる。
それにうんざりして、朱音はベッドにどさりと腰を下ろした。
「だけど、本当にこんな変装が必要なの? こんな立派なドレスまで調達してきちゃって」
クリストフは満足気に頷いた。
「勿論ですとも。旅を続けるには変装が欠かせません。知っていますか? 今、この国のどの街にも貴方を探す政府の犬が潜んでいるということを。彼らが求めているのは“蒼黒の髪、黒曜石の瞳の少年”の姿です。ですから、これを敢えて変えてやることで、カムフラージュになるという訳です」
もっともらしいクリストフの言葉だがどうも納得がいかず、朱音は膨れっ面でぷいと船窓から覗く海に目をやった。
「そんなこと言っちゃってさ、自分のデザインしたドレスを単にわたしに着せたかっただけじゃないの?」
「あ、ばれてました?」
肩を竦めながらクリストフは変装の為に口元に糊付けした口髭をちょんと摘む仕草をすると、にこりと微笑んだ。