AKANE
次の晩、朱音は連日のように深夜に起き出し、こっそりと例の部屋に潜り込んでいた。暗闇の中、じっと息を潜めフェルデンが現れるのを待つ。
「時化込んできやがった。こりゃ、一雨くるぞ」
今晩はいつもよりも波が高く、星は雲で一つも見えてはいない。
アルノは経験からあと半刻もしないうちに海が荒れ始めることを予想し、船乗り達を叩き起こして配置につかせた。被害を最小限に抑える為、マストは畳み、揺れに備えて放り出されそうな物という物に縄を結びつけていった。
少々騒がしい甲板の様子に異変を感じながらも、一室から出るに出られなくなった朱音は戸惑いながらもじっと息を潜めて待つことしかできなかった。
「ルイ! 朱音さんはどこです!?」
客室に戻ったクリストフは、いつもならそこにある筈の朱音の姿がベッドにないことにすぐさま気付いた。
「うううん・・・、どうしたんですか・・・?」
眠気眼でルイがむくりとベッドから身体を起こす。
従者の少年は、まだ事態の深刻さを全く理解できていなかった。
「“どうしたんですか?”じゃありません! 朱音さんはどこへ行ったんですか?」
クリストフに肩を揺すられて、ルイはガバリと飛び起きた。
「え!?」
抜け殻となっている主のベッドを目にするなり、ルイは裸足の足で部屋を飛び出した。
しかし不可抗力な力がルイの身体にかかり、少年は跪(ひざまず)くように床へとよろめき、倒れた。
「!?」
理解できない出来事に、ルイはクリストフを仰ぎ見る。
「嵐ですよ。それも、アルノによると、稀に見る大嵐だそうです」
ルイは差し出された手を掴むと、床に叩きつけられるような圧力に耐えながら、なんとか立ち上がった。
クリストフの表情はいつになく固い。
ルイ自身、何か物にでも掴まっていなければ、歩くどころか立っているのも危うい。
「どうしましょう・・・! また僕は同じ失敗を・・・」
悔しそうに唇を噛み締める従者の少年の肩に手を触れると、クリストフは小さく首を横に振った。