AKANE
「あいつはそんな手の込んだことはしない・・・」
 確かにアザエルは昨晩から一度も二人の前に姿を現してはいなかった。
「じゃあ、どうしてあいつはこの船にいないんです? 昨日、おれ達を眠らせている間に逃げようという魂胆だったんじゃないですか?」
 ユリウスの考えは一理あった。
 しかし、あの魔王の側近がこんな面倒なことを仕掛けるとも考えにくい。
 フェルデンは頭を悩ませた。
 昨晩の嵐に紛れて、何か大きな影が動き出したような予感がした。
「間諜だ・・・。邪魔なおれ達を眠らせている間に、事を進めようとした何者かがこの船に潜んでいた・・・」
 ユリウスはモスグリーンの瞳を揺らした。
 フェルデンは度々送られてくる刺客や間諜のことを知っていたのだ。
「フェルデン殿下・・・!」
「お前がおれにゴーディアから刺客が送られてきていることを黙っていたのは知っていた。おれに心配を掛けまいとしたことも」
 しゅんと下を向いてしまった部下に、フェルデンは知ってしまった真実を包み隠さず話した。
「ユリ、この船にアカネが乗船していた。おれは昨晩彼女に会ったんだ」
 ユリウスは我耳を疑った。とうとう悲しみに明け暮れたフェルデンが妄想まで抱き始めたのではないかと思ったのだ。
「誤解するな、それはおれの見た想像や幽霊の類じゃない。アカネは姿形こそ以前とは違ってはいるが、確かに生きて戻ってきていた」
 理解に苦しむフェルデンの話に、ユリウスは頭を抱え込んだ。
「おれが思うに、アカネはゴーディアの儀式とやらできっと何かされたんだ・・・!」 
 まだ腑に落ちないユリウスだったが、フェルデンが妄想にとりつかれている訳ではないことは理解した。
「・・・と言うことは、魔王の側近はそのことを全て知っているということになりますよね・・・?」
 フェルデンはまたあの男にしてやられたと小憎らしげに思った。
 あれ程朱音を失い悲しみに暮れるフェルデンの姿を目にしていたというのに、あの男は、表情一つ変えることなく朱音の存在を黙っていた。まして、あの男が敵国の王子であるフェルデンにみすみすそんな情報を与えてくれることはまず考えられないが。
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