AKANE
すっかり帰りが遅くなってしまったクリストフは、早足で朱音の待つ宿場へと道を急いでいた。
しかし、街外れまでやって来ると、おかしな空気に気が付く。
深夜だというのに、屋外でがっくりと項垂れた者や啜り泣く者がちらほらと見受けられたからだ。
妙な胸騒ぎがして、クリストフは駆け出した。
宿泊している宿に着くと、入口の辺りで、宿を営んでいる老夫婦が手をとり合ってしゃがみ込んでいた。
「何かあったのですか?」
ただ事ではない雰囲気に、クリストフは老夫婦に訊ねた。
「ああ・・・、ついさっき奴隷売りの奴らがやって来てね、身分証を持たないここらの子ども達を皆、掻っ攫ってっちまったんだ・・・」
嫌な予感がした。
しかし、慌てて駆けつけた宿泊部屋の前で、クリストフは嫌な予感が的中してしまったことを知る。
部屋の扉は既に蹴破られており、部屋の中には食べかけのパンと肉の骨が机の上に置いてあるだけで、朱音とボリスの姿はどこにも見当たらなかった。
「一足遅かったですか・・・。しかし、リストアーニャの治安がここまで落ち込んでいるとは・・・」
着ているシャツの衿元のボタンを緩めながら、クリストフは溜息を零した。
その瞬間、クリストフはベッドの下から僅かに見える灰色のローブに気が付く。
ゆっくりと屈んでベッドの下を覗き込んでみると、アザエルがそこに横たわっていた。
「ふ・・・、アカネさん、貴女という人は・・・。自分がどんな窮地に立たされていても、人助けを優先してしまう・・・」
苦笑を漏らしながら、クリストフは呟いた。
いつの間に戻って来ていたのか、部屋の窓の外からにクイックルがちょこんと顔を覗かせていた。
クリストフは窓を開けて白鳩を部屋へと招き入れた。
「さて、君にまた頼みごとをしなくては・・・。君の名付け親が一体どこへ連れて行かれたのかを探してきて欲しいんです」
クイックルはバサバサと翼を広げ、クリストフに合図を送った。