AKANE
「おい、引き上げるぞ」 
 アリゴに剣を向けていた男も、他の男達も、さっと身を翻しチッポカの背に飛び乗った。
「待て! 待ってくれ! こんな砂漠のど真ん中で、水も食料も奪われちまったら、おれはどうすりゃいい?!」
 悲痛なアリゴの声がまるで聞こえないかのように、賊の男達は来た時同様勢いよく駆け出した。
「ねえ、あの人どうなるの!? ほんとに死んじゃうかも!」
 朱音は慌てた。
 少なくとも、アリゴと一緒に行動を共にしていた方が、サンタシまでの道中の身の安全は保障されていた。しかし、今この謎々の賊の手の中に捕らえられてしまった状況を考えれば、どこにも安全という言葉は無い。
「騒ぐな。あの大男が砂漠で野垂れ死ぬなら運の無かっただけのことだ」
 決してあのアリゴという男が好きだった訳ではない。寧ろ、売り物として突然攫われてきた身としては、腹立たしささえ覚える。しかし、あの男を憎んでいる訳でも無かった。
 もしもこのままここで置き去りにしたなら、これから先何年も、彼が生きているのか死んでいるのか、はたもや、見殺しにしたかもしれないという罪悪感に何年も苛まれるのは朱音としてはごめんだった。
 朱音は、頭の男の腰に結わえ付けてある水の入ったゴムの袋を乱暴に引っ張り取ると、その袋をぽいと、過ぎ去る後ろの砂の上に放り投げた。
「おいコラ!」
 不意をつかれて少々驚いたのか、頭の男は少し声をあげたが、諦めたように溜息を吐いてそのまま走り続けていった。
 水さえあればアリゴにも生き残るチャンスがあるかもしれない、朱音はそう思うことにした。
「ねえ、どこに行くつもり?」
 こうして見ると、顔は巻きつけられた布で見えないものの、頭の男は随分若いようであった。
 男は黙ったまま返事をしない。
 朱音は観念して、なすがままチッポカの上で揺られていた。

 数度の休憩を挟み、走ること数時間。太陽はますます高く昇り、気温は増しているようであった。
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