AKANE
「この地下道のすぐ上の土地は、今はただの見捨てられた乾燥地帯だが、五十四年前、魔王ルシファーの手により滅ぼされるまでは“カサバテッラ”という小国だった」
 百三十年前のルイとロランが生まれた年、サンタシの愚王ロベール・フォン・ヴォルティーユが身動きのとれなくなったことを理由に、軍事国カサバテッラと手を組み、ゴーディアの民を脅かしたことはルイ自身よく知る史実であった。
 しかし、一時あれ程栄えていた軍事国家が、まさかこんな黄色い岩山と岩壁だけの土地に変貌しているなどとは想像だにしなかった。
「俺たちは軍事国家であるカサバテッラの政府が、より強い兵力を求めた結果生まれた、生まれながらの兵士だった。この兵士強化計画は、カサバテッラがサンタシと手を組む以前から密かに始まっていたが、俺達の成長はあまりに時間がかかりすぎた」
 魔族の血を引く者は人間の約十倍長く生きる。それ故、成長の速度も極めて遅い。そのことは、ルイも身をもって知っていた。
 しかし、衝撃の事実に、ルイは動揺を隠せなかった。
 精神的な動揺もあって、手元の結界は相変わらず不安定に揺らめき、今手を翳すのをやめればすぐさまそれは消失するであろうことは明らかであった。
「五十五年前、魔王ルシファーがカサバテッラを消滅させてしまったとき、俺達は命からがらこの地下道になんとか逃れた。ルイ、この通路が一体どこへ繋がっているか知ってるか?」
 ルイは答えなかった。
 どうしてこの青年がルイにこのような話を言って聞かせ始めたのかはわからなかったが、行動をともにする間、同じ人間と魔族の間に生まれた者同士、僅かながらも仲間意識を抱いてくれていたのかもれない。
 ルイは黙ったまま結界に手を翳し続ける。
(陛下・・・、今のうちに距離を稼いでおいてください・・・)
 次の瞬間、ルイはまたもや精神集中を大きく欠くこととなる。
「サンタシだ」
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