AKANE

「それにしても、ベリアル王妃。貴女のお子はますます陛下に似てこられましたね。これは将来が楽しみでございます」
 ブラントミュラー公爵の言葉に、ぴくりと眉を引きつらせるとベリアルはふいと不機嫌に近くに立つクロウから目を逸らした。
 そのことに何も気付いていないのか、公爵はすっと立ち上がり、クロウの前に跪(ひざまず)いた。
「お久しぶりでございます、クロウ殿下。ブラントミュラー公爵でございます。覚えておられますかな」
 真っ白な肌に蒼黒の髪の少年は、美しく刺繍の施された黒の礼服を身につけ、母ベリアルの横に静かに佇んでいた。
「貴方のような人、僕は知りません」
 肩に掛かるさらりとした黒髪の下から、表情の無い少年がぽつりと返答した。
「はは、そうでございますか。無理もない、わたしがクロウ殿下にお会いしたのは、殿下がもっと幼い時でございましたので」
 興味のないようにクロウはブラントミュラー公爵をじっと見下ろしていた。
「ブラントミュラー公爵、その子に何を言っても無駄ですわ。その子、感情がありませんの」
 えっとした顔をして公爵がクロウの顔をまじまじと見つめる。
「まさかそのようなことは・・・。昔、殿下と戯れたことがございましたが、その際は可憐に微笑んでおられましたが・・・」
 ベリアルは卑しいものでも見るかのように、クロウに一瞬だけ目線をやる。
「何かの記憶違いでは? 母であるこのわたくしにさえ、ただの一度も笑顔など見せたことが無いのですから」
「ベリアル」
 静かに王妃の言葉を黙って聞いていたルシファーだったが、王座からついにベリアルを諌めた。
 余程気に障ったのか、ベリアルはきゅっと血色のいい唇を噛み締めると、椅子から立ち上がり、淡いオレンジのドレスを翻して大広間をつかつかと飛び出して行った。
「ベリアル王妃・・・?」
 驚いたように、ブラントミュラー公爵ははたと可憐な王妃の後ろ姿を見つめた。
「すまなかったな、ブラントミュラー。ベリアルは近頃あまり体調が優れない」
 静かな口調で王座からルシファーが公爵に声を掛けた。
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