AKANE
「ルシファー陛下・・・」
 ブラントミュラー公爵がふとルシファー王に目をやった瞬間、ぼとりと王の手から金の杯が滑り落ち、赤い敷物の上にカラカラと転がって紫色の酒を染み渡らせてゆく。
「陛下」
 すっと脇に控えていた魔王の側近が王の靴にまで飛び散っているだろう雫を、懐から取り出した灰の布で拭い始める。
 透けるように長く美しい碧髪に、それと同じ色の目。決して、ガタイがいいとは言えないが、今やこの男が魔王ルシファーの次に力をもっているということは、国内外問わず誰もが知っていることであった。
「何でもない、ただ手を滑らせただけだ」
と、側近を下がらせようとするルシファー王に、
「ルシファー陛下、何やらお顔の色が優れないようでございますね」
とブラントミュラー伯爵は言った。
 しかし、その言葉に何か含みがあることに気付き、側近であるアザエルは指に付着していた酒を自らの口に運び眉を顰める。
「・・・毒」
 きっと鋭く目を細め、アザエルは腰の剣の握りに手を添えた。
「噂通り察しのいい方のようですね、アザエル閣下」
 公爵はすっと立ち上がると、パチンと指を鳴らした。
「きゃっ」と会場のあちこちからあがる悲鳴。いつの間にか大広間は剣を手にした男達に包囲されている。賓客と偽り、城内にサンタシの兵を忍び込ませていたのだろう。まさに用意周到な襲撃。 
「あの兵服はサンタシの・・・。貴様、裏切りか」
 公爵は、
「これも全てはベリアル王妃の為なのです、わかってください」
と、申し訳無さそうに話した。
 これ位のたかだか人間の兵ならば、魔王ルシファーであれば、その魔力でひねり潰すことくらい安易なことであった。しかし、ルシファー王はそうはしなかった。いや、できなかったのだ。
 王自身も、自らの身体の異変に気付いていた。
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