AKANE
「ちょっと、真咲(まさき)! またあんたわたしのおやつ摘み食いしたでしょう!?」
「なんだよ、ケチ! 将来有望な空手師範にちょっとくらい融資しとく気ないのかよ!」
 懐かしい真咲の声変わりのしていない声。朱音はぐいと真咲の服の袖を引っ張っている。
「姉ちゃん、おれとやるのか!? よし、じゃあ勝負だ」
 ふんと腰に手をやると朱音はまだ自分より背の低い弟を見下ろした。
「わたしの方が数段上なのよー、勝てると思う訳? 容赦しないから」
 姉弟喧嘩はいつものこと。ただし、新崎(にいざき)家では少々喧嘩の色が違っていた。
 二人は対峙したまま構えをとる。しばし睨み合った後、『ガラリ』とふすまが開かれた。
「ちょっと、またあんたたち喧嘩? こんなところでやめてちょうだい。ふすまや障子の修理代も馬鹿になんないんだから」
 うんざりしたように言い放つと、二人の母は履いていたスリッパをおもむろに脱ぐと同時に二人の頭目掛けてスパンと投げつけた。
「いた!」
「いてっ!」
 はいはい、やるなら道場でやってらっしゃい、と半ば無理矢理部屋から追い出される。これはよくある朱音の日常の一ページであった。

 

 再び訪れた暗闇。
 朱音はごしごしとまた目を擦った。
(今度はわたしの記憶・・・?)
 どうしてクロウの記憶と朱音の記憶がこうも織り交ざって朱音の前に現れるのか、朱音には理解できない。
 しかし、どちらもひどく懐かしい確かな記憶。
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