AKANE



ヴィクトル王は疲労しきった目蓋を左の指で指圧していた。もう眠りにつかないままこうして机と玉座を行ったり来たりしている日が何日か続いていた。
「いけませんな、陛下。お顔の色が優れませんぞ。今貴方がお倒れになれば、それこそサンタシの行く先はありませぬ」
 呆れたように、ディートハルトが傍の腰掛け椅子から声を掛けた。
「分かっている。しかし、そう暢気に眠っておれる状況ではあるまい・・・」
 今頃、負け戦と分かっていながら送り出したリーべル艦隊が海上でゴーディアの魔笛艦隊と激しい闘いを繰り広げている頃である。
「愚かであった・・・。もっと戦闘用の船の開発に費用を注ぐべきであった。いや、もっと人材を育成しておくべきだったのか・・・」
 すっかり艶をなくしてしまったヴィクトル王の金のウェーブがかった髪は、より一層疲労を際立たせて見せる。
「確かに軍事費に割いた費用はこの十年少なかったでしょう。しかし、わたしはこの十年に陛下がなされてきた政策があながち間違いだったとは思いませんぞ」
 ディートハルトは先王の後を継ぎ、このサンタシを支えてきた歳若いヴィクトル王の姿を一番近くで見続けてきた。
 この十年の間に、絶対不可能だとまで言われた停戦まで持ち込み、更に長い戦争で苦難を強いられてきた民のことを一番に考え、軍事よりも生活向上に費やしてきた。
 そのお蔭でサンタシの民がどれ程救われてきたことか。“賢王”とまで呼ばれるに値する、王としての責務を全うしてきたことに変わりは無い。
< 294 / 584 >

この作品をシェア

pagetop