AKANE
 ベリアルが慌てて瓶が落ちていった窓に駆け寄り、叫んだ。
「毒だ・・・、毒が入っている・・・。それも猛毒・・・」
「え・・・?」
 驚き、目を丸くするベリアルに、クロウは青い顔で言った。
「でも、たかが毒じゃ父上は殺せない・・・。だけど・・・」
 傍でちっと近衛兵が舌打ちした音が、クロウの耳には確かに届いていた。
「な、なにを言っているの?」
「母上、あの瓶には僅かですが、人間の血が入っています。酒に混ぜて薄めたら、きっと匂いだけでは気付かないかもしれない。けど、確かに血が混ぜられています」
 急に諤々と震え始めたベリアルは、口をわなわなと震わせた。
「う・・・そ、嘘よ。いつもわたくしがとっていた態度に腹を立てて、その仕返しのつもりでしょう・・・?」
 クロウは青い顔のまま、取り乱した母の顔を黙って見つめた。
 天上人ルシフェルは不老不死であった。しかし、禁忌を破ったルシフェルを地上に永久に追放した際、創造主はルシフェルを滅ぼす為にほんの少しの細工をしたのだ。人間の血を口にすると、たちまちそれが彼にとっては命をも奪う、猛毒になるようにと。
 創造主はこの時、既に知っていたのかもしれない。地上に住まう、人間の欲深さを。そして、自らの手で滅することのできなかった愛すべき息子ルシフェルを、彼らがいつの日か滅ぼすだろうことを・・・。
 ベリアルは、誰よりも愛しい男に自らの手で毒を盛ってしまったのだ。
 どんなに欲しても手に入れられなかった、魔王ルシファーの愛を手に入れる為に・・・。彼女を取り巻く全てを裏切り、その犠牲をも厭わずに。
 しかし、皮肉にもそれは最悪の結果を招いてしまった。まさかこんな形で、愛する男を自らの手で破滅へと導くことになろうとうは・・・。
「ベリアル王妃、クロウ殿下は貴女を城に留めようと、嘘を言っておいでなのです」
 近衛兵はひどく動揺するベリアルにそっと耳打ちした
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