AKANE
 さっき去ったとばかり思っていた、小さな友の声がはっきりと窓の外から響いたのだ。いつあの成り代わり偽王“ヘロルド”がここへやって来るか知れないというのに。
「クイックル・・・!?」
 今まで名をつけたことも、呼んだこともなかったというのに、咄嗟に朱音がつけた愛称を口に出してしまっていた。
『クルッククルック』
 嬉しそうに二度喉を鳴らすと、白鳩はぽとりと格子の隙間から何かを落とした。

 コロコロコロ

 クリストフの足のすぐ傍に、リガルトナッツが一粒転がった。
 驚いて彼女を見つめると、パサパサと羽を羽ばたかせ、クリストフにそれを食べろと懸命に伝えている。
「これを探して、わざわざ持ってきてくれたのですか?」
 そう言ったと同時、再び格子からバサバサと飛び去る音がしたかと思うと、またしばらくすると戻って来てはぽとりとナッツを落とし・・・、という行為が幾度も幾度も繰り返された。
 ひどく腕が重く、動かすことも億劫だったクリストフだったが、転がったリガルトナッツをそっと手にとると、静かにその一粒を口へと運んだ。
『カリ』
 いつからまともに食べ物を口に入れていなかったのだろうかと、ふとクリストフは思った。身体のあちこちが痛み、もうその痛みさえ麻痺してしまっている。初めは強く感じていた空腹感だったが、いつの間にか脳内でシャットダウンされたのかすっかり抜け落ちてしまっていた。
「まいったな、一口食べたら急に空腹感が・・・」
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