AKANE
「待て」
 フェルデンの手によりその手を静止させられたアレクシは、“どうして?”という面持ちで上官を振り返った。
 いつの間にかアレクシの足首に植物の蔓が絡まっていた。彼が剣を振り下ろしていたなら、きっと、この絡まっていた蔓は、アレクシの命を奪おうとしただろう。
「この男はもういい。きっともうここでは碌に闘えやしない」
 愛馬の逞しい腿を緩やかに撫で上げながら、
「ユリウスを医療部隊の陣営地へ」
と囁くと、フェルデンは馬の背をぽんと軽く叩いた。その合図を受けて、馬は慎重にゆっくりと歩き出した。背に乗せたユリウスが決して地面に落ちないようにと細心の注意を払いながら。
「おい、そいつは今どこにいる?」
 返答が無いことを不審に思い、フェルデンはゴーディアの黒騎士を見下ろした。いつの間にかその瞳は閉じられ、気を失ってしまっているようだっだが、まだ死んだという訳では無さそうだ。
 石壁の奥へと足を進めてくるゴーディアの軍であったが、石壁を越えたところで一時停滞している。歩兵達が苛立っているのがここからでもわかる。
 薄い膜のような結界の壁が立ち塞がり、味方であっても誰一人そこを通すことを拒んでいた。多少の魔力を兼ね備えているゴーディアの歩兵達が、持ち得る魔術で張られた結界を破ろうと試みてはいるが、彼らの魔力程度ではどうにもならなかった。
 黒騎士達は、未だサンタシの残る騎士達の妨害により、結界の少し手前で足止めを喰らっている。
 その後ろから、やたらとごてごてしい装飾の馬に跨った騎士がゆったりとした足取りで歩んでいくのが見える。その甲には、派手な真っ赤に染められた動物の毛が艶々しくなびき、鎧の下のから覗く藍の衣服には、端々に赤い糸で細かく刺繡が施されている。片腕には確かに長く大きな黒い槍が握られていた。
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