AKANE
「ああっ、邪魔するな! 僕はお前のような見知らぬ奴に名前を呼ばれる筋合いなどない!」
 ルイとは色違いの霞がかった茶の瞳が朱音の姿を映し出した。
 驚き、大きく見開かれる目。
「お、お前は・・・」
 動揺で僅かに揺れた結界の壁だったが、即座にそれは持ち直された。
「どうやってサンタシの国土に侵入した!?」
 彼の目に映ったのは当然ながら朱音ではなく、魔王ルシファーを生き写したかのような少年王の姿であったのだ。ロランはゴーディアへ渡っていた昔、魔王ルシファーの姿を見知っていた。
「わたしはこの闘いを止めに来たの。お願い、わたしを壁の向こうに行かせて!」
「駄目だ」
 朱音の願いはぴしゃりと跳ね除けられた。
「一体何を企んでいるのか知らないが、僕はヴィクトル陛下の命を受けて動いている。結界を解除する訳にはいかない! 解いて欲しいなら僕を殺すんだな」
 朱音はロランの肩からぱっと手を話すと、ゆっくりと一歩後退りした。
「そんなこと、できる訳ないじゃない・・・」
 ぽそりと零れた言葉は、ピロロロと空を旋回しながら飛び回る、バスカの鳴き声に重なり消えた。
 朱音の今の姿では、ロランの信用を勝ち取ることなどきっとできないだろう。そして、彼を説得するにはあまりに猶予がなさすぎる。
 朱音は矢庭に自らの手を迷いもなく結界に差し込んだ。ロランは我が目を疑い、結界の壁に差し込まれた少年王の手をまじまじと見た。
 結界は侵入してきた異物を吐き出そうと、バチバチと青い電気を巻き起こし、激しく朱音の身体を包み込もうとする。
「!!!!」
 ライシェルの槍ように、一時的に結界を破ることは可能であっても、結界内を通り抜ける所業があるなどとはさすがのロランも聞いたことがなかった。普通の者ならば全くもって不可能なことである。
 とは言え、全身を雷に打たれたかのような痛みに、朱音は苦痛で顔を歪めていた。
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