AKANE
「馬鹿かお前! やめろ! いくら魔王の息子とは言え、死ぬぞ!?」
 ロランの止めるのも聞かず、朱音は自らの身体を反発する結界内に割り込ませていく。
「うあああああああ・・・!」
 強烈な痛みに悲痛な声を上げながらも、朱音は“フェルデンを守りたい”という一心で前進していた。とっくに気を失っていてもおかしくはないと言うのに、信じられないことに、その細っこい身体は、少しずつ少しずつ、結界の向こう側へと通り抜けていっている。
 後方で様子を見ていたディートハルトは、目を疑うような光景に絶句していた。何があの少年王の心をああまで突き動かしているのかまでは分からなかったが、あのぼろぼろになった状態でここまでできる程に、何か強い想いが根底にあることだけは確かだった。
「あああああああああ!!!」
 結界の反対側でも、異変に気付いたゴーディアの歩兵達が、結界を通り抜けようとする朱音にいつの間にか目を向けていた。
「もうやめろ! そんなことしたって、ぼくは結界を解かないからな! ほんとに死ぬぞ!」
 ロランもひどく動揺し、声を荒げている。しかし、その手は結界を決して解こうとはしなかった。結界を解いた途端、敵方が国土に雪崩れ込んでくることは安易に予想できたからである。そういう点では、このディアーゼにおいて、ロランの結界が最後の砦であることは明白だったのだ。
「あああああああ!!!!!!」
 ふと空気の流れが変わったことを朱音は感じた。
 周囲がざわめいている声が聞こえる。いつの間にか凄まじい痛みはおさまり、近く遠く、波間の小波の音が響く。
「な、何者なんだ、この餓鬼・・・」
「おれたちがどうやったってびくともしなかった結界を通り抜けやがった・・・」
 朱音はゆっくりと振り返った。
 今も尚そこに存在し続ける結界の壁の向こうで、呆けたようにこっちを見つめるロランの姿と無言のままじっと様子を見守るディートハルトの姿をとらえることができた。
 はっとして朱音は二人の騎士が対峙している方角を見た。まだ二人は睨み合ったままじっと動かない。
 
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