AKANE
 先程まで矛先を向け合っていたこの状況で、こうした現状を何の疑いもなく受け入れることはきっと難しいことだった。
「証拠・・・。さすがに証拠は提示できないが、我ら黒の騎士団はここでの戦いを放棄し、現段階から全面的にクロウ陛下直々のご命令に従う意思でいる。疑うのは仕方の無いことだが、そうこうする間に本当に手遅れになってしまうぞ」
 ライシェルの言っていることは的を得ていた。もしこのことが本当なら、城に残してきたヴィクトル王の身が危ない。
「わたしたちのことを信用して欲しいとは言いません。ですが、今だけは手を取り合いませんか? ゴーディアも、今は彼の脅威に晒されているんです。ヘロルドを止めないと・・・。彼を止めたいという点では、サンタシも同じでしょう?」
 少年王はまるで邪気を感じさせない真っ直ぐな目でフェルデンを見返してくる。その目は、似ている筈もない、いや、決して似ていてはいけないあの少女の瞳にフェルデンには重なって見えた。
 僅かに動揺し、初めてフェルデンは朱音から視線を外した。
「フェルデン・フォン・ヴォルティーユ。もしも我が騎士団と手を結ぶというのであれば、そちらの陣営に人員を配置させよう。そう・・・、確かうちの副司令官と相打った騎士が居たな。恐らくは相当の痛手を負っている筈だ。最高の医療班を送ろう」
 アレクシは大きな物音がして慌てて入ってきてはみたが、どういう訳か“提携”の話にあがっていることと、あのゴーディアの方から人員を送るとまで提案してきたことに、信じられない思いでいっぱいだった。
「殿下・・・、一体どういった経緯でこうなったのかはわかりませんが、ゴーディアの提案はこちらにとっても損な話ではありません。実際、ここで傷を負った兵の数は多く、ユリウス上官の具合もあまり良くありません・・・。魔族の医療魔術は我々にとっても必要です」
 アレクシはそっとフェルデンに耳打ちした。
 ユリウスの状態が良くないことも、今回のディアーゼ港での戦いがサンタシ騎士団にとって、予想以上の痛手になってしまったことも、フェルデン自身よく理解していた。
「いや、やはりその提案は引き受けられない」
「まあまあ、そう結論を急ぐことはない」
 急にテントの入り口を中年の男がくぐり抜け、姿を現した。
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