AKANE
 驚いたようにフェルデンは朱音をまじまじと見下ろした。まさか、ゴーディアの国王が易々と自分に頭を下げるなどと思ってもいなかったのだ。
「おれが信用したのはフレゴリーの人柄だ。いいか、少しでも変な素振りを見せれば、おれたちは全力でおまえたちを潰す」
 魔族に妹を殺され、そして更にも朱音を奪われた憎しみは尚も生き続け、フェルデンの中で消えることなく燃え続けている。しかし、残された僅かな時間をこうして近くで過ごすことができることだけでも、朱音にとっては幸せなことだった。
「ええ。必要があればいつでもわたしを殺してくださって結構です」
 邪心なくにこりと浮かべられた美しすぎる少年王の微笑みに、フェルデンはなぜか胸の奥が疼いた。
“こちらからディートハルトに最強の手持ちの札を持ってゆかせる。”
 そうヴィクトルの手自ら書かれた文に記されていた。きっと、その手持ちの札というのがこの少年王だったのだろう。
 どういった経緯でディートハルトが彼を連れてこの地までやって来たのかは分からないが、きっと自分がディアーゼに来ている間に何か白亜城であったのだということだけは想像できた。
「それとアレクシ、サンタシ騎士団で動ける者全てにすぐ出立の準備をさせろ。半刻後、すぐにここを経つ」


 朱音は出立の前のディアーゼ港の浜の一端で、小さく座って、遠くの小波を見つめていた。
 港は今回の戦いでひどく荒れ、未だ息絶えてしまった兵士や騎士たちの屍があちこちに無残に転がっている。煙をあげて尚沈没していくゴーディアの船に、地面のあちこちに突き刺さった矢。
 いつの間にか日が傾き、空は夕焼けに少しずつ浸食され始めている。
慌しく出立の準備に奔走する騎士たちの声が聞こえてくる。
怪我人や騎士以外の兵達はこのディアーゼ港に留まり、傷の手当や港の整
備、復興にしばらくは尽力させられるらしい。
「残像・・・か。フェルデンを見るとこんなにも苦しいのに、この想いさえもただの残像なんだね」
 朱音は胸元にしまってあったペンダントを取り出すと、それをぎゅっと握り締めた。
「陛下、そんな悲しいこと言わないで下さい。陛下は陛下ですよ。僕はどんなときもそのままの陛下が好きです」
 朱音のすぐ隣に腰を下ろし、ふわりと優しくルイが微笑んだ。
「ルイ、ありがとう」
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