AKANE
 そう返したそこには、本当は誰の存在もない。
 しかし朱音は、振り向けば、「陛下」と笑ってまだそこに居てくれているような気がしてならなかった。
 目を閉じれば、あの恐ろしい光景が蘇ってくる。まさしく、あれは灼熱の地獄だった。大切な友人が一瞬にして灰となり消滅してしまったあの日から、朱音は火を見る度に手先が震えるのを止められないでいた。
(もう誰一人失いたくなんかない・・・!)
 朱音はふと背後に人の気配を感じてそっと振り返った。
「クロウ陛下」
 見上げると、じっと朱音を見下ろすディートハルトの姿があった。
「どうかしましたか、ディートハルトさん」
 さっとペンダントを隠すようにして胸元へ押し込むと、何気ない振りをして朱音は言った。
「その手・・・、どうなさったのです?」
 目敏い彼は、小刻みに震える朱音の手に気付いていたのだ。
「え、なんのこと? どうもしないけど」
 ぱっと手を服の中にしまうと、そっけなく視線を逸らした。
「わたしには、どうもしないようには見えませんな・・・。ひどい顔をしていますぞ」
 そう言われて、朱音は初めて自分の顔の異変に気がついた。
 朱音は泣いていた・・・。いつの間にか顔中が水にでも浸かったかのようにぐっしょりと涙で濡れていたのだ。
 こんな辛いときには、いつだって大好きな父や母、憎たらしいところもある真咲が朱音を励ましてくれていたのに、今は本当に朱音は一人ぽっちだった。
 もの凄く皆に会いたいと強く感じるのに、どうしても家族の顔が思い出せない。そしてその声さえも・・・。
「気付かなかった・・・、ごめんなさい。すぐにおさまりますから、他の人には黙っててくださいね」
 ぐしぐしと服の袖で涙を拭うと、朱音は懸命に作り笑いを浮かべた。
「わたしは・・・、貴方を誤解していたのかもれませんな。どんなに傲慢な愚王かと思っていたが、わたしには貴方が若くとも立派な王に見える」
 朱音が「え」と首を傾げると、ディートハルトはケロイドの傷を引き攣らせながらにかりと笑った。
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