AKANE
「あー、姉ちゃんまた散らけたまま寝てる! ってかまた菓子の蓋くらい閉じとけよ! 知らねえよ、ゴキが湧いて出ても」
 苛々の頂点に達し、朱音はとうとう枕を真咲に投げ付ける。
「って! こんにゃろう、おれとやる気か? 道場跡継ぎのこのおれとやる気なのか!?」
 こんな狭い部屋でやり合ってたまるか、と朱音は馬鹿馬鹿しくなってベッドから置き出した。
「おい、臆病者! 逃げる気か?!」
 ふんっと一瞥すると、朱音は真咲に言い捨てた。
「ばっかじゃないの。あんたよりわたしの方が数段上なんですけど? あんたなんかに跡継ぎ務まってたまるかっての」 
 べっと舌を出すと、後ろから「むきーっ」という怒りの喚叫が響いてくる前に、そそくさと退散した。
 台所へ向かう為、階段を降りながら朱音はふと胸に引っ掛かりを覚えた。
 昨日と何も変わらない日常で、ありふれた休日だというのに、妙に懐かしく感じる。それに、なんだかとてつもなく長い夢を見ていたような気もする。
 けれどどんな夢を見ていたのかは思い出せない。朝起きると、見た夢をすっかり忘れてしまうことなんてよくあることだ。
「朱音、おはよう。ご飯は?」
 エプロンをつけた母が台所から顔を出す。
「おはよう・・・。あれ、なんかいい香りがするけど」
 甘い香りに誘われ、匂い嗅いでぴんときた。ホットケーキである。
「真咲が朝御飯に食べたのよ。冷めちゃってるけど、食べる?」
「うん・・・」
 寝ぼけ眼で椅子に気だるげに掻けると、ラップのかかった皿を朱音に手渡してくれた。
 オレンジジュースの紙パックが出しっぱなしでテーブルの上に置いてあって、朱音は昨晩寝る前に飲んだまんまのマグカップにこぽこぽとそれを注いだ。
 蒸気でしっとりと湿ったサランラップを剥がすと、ちょっぴりふんわり感が抜けてしまったぬるいホットケーキを見つめて「あ」と声を出す。
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