AKANE
「なに」
と、母の声。
「マーガリンと蜂蜜・・・」
 面倒くさいと思いながらも、朱音はよっこいせとのろのろと立ち上がり、冷蔵庫をバタリと開いた。
 涼しげな風と、独特の冷蔵庫のにおい。
 目的のマーガリンの容器と蜂蜜のチューブを取り出すと、朱音は再びどすんと椅子に腰掛けた。
 冷めたホットケーキにマーガリンを塗る作業はなかなか骨がいったが、そこは根気強く丁寧に塗りつけ、仕上げはたっぷりの蜂蜜の筈だった・・・。
 しかし、蜂蜜の透明チューブを手にした途端、透き通った蜂蜜色になぜかその手が止まる。
「この色、どっかで・・・」
 とろりとした蜂蜜をじっと見つめるが、一体どこでその色を見たのか、やっぱり思い出せない。
「母さん、わたし、この色どっかで見たことあるんだよね」
 そう言った娘の言葉に、母は苦笑しながら答えた。
「そりゃそうよー。蜂蜜なんて、普段いっつも見慣れてんだから」
 そう言われても、朱音はどうもまだ納得できない。
「そうじゃなくてー・・・」
 はっとして朱音は待ち密のチューブをテーブルに置いて見つめた。
「そうだ・・・。この色、夢に出てきてた・・・!」
 馬鹿らしいかもしれないが、これは重要なことのような気がしてならなかった。
「へえ、夢? どんな夢? ホットケーキの夢とか?」
 母はまな板の上でウインナーに切れ込みを入れながら冗談半分で返してくる。
「違うってば。なんか・・・、ちょっと悲しい夢だった気がする・・・」
 しみじみと話す娘に、母はちょっと意外だったのか、「へえ」と真面目な相槌を打った。
 蜂蜜を見つめながら、朱音は、なぜか忘れてしまった夢がとても重要で、どうしても思い出さなければいけないような焦燥に駆られる。
 けれど、思い出せなくて・・・。
 蜂蜜を見る度に胸が苦しくなるような感じを覚えるのだった。


 
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