AKANE
「さ、早く乗ろうよ。出発は早い方がいいでしょう?」
 華奢な左手首の切り傷は、もう既に塞がりかけている。驚異的な回復力である。
目の前の小さな少年王の底知れぬ力に、ライシェルは恐ろしささえ感じた。
(この王は、この世の全てを思う儘にしうる力を持っているというのか・・・? そして、あのルシファー陛下もこれと同じ力を持っていた・・・。しかし、先王はそれを乱用しようとはしなかった。この力さえあれば、サンタシの王でさえ忠誠を誓わせることができたというのに・・・。そして、この王もまた・・・)
 そして同時に、この少年王が、これからどのように行動していくのかを見てみたくなった。
「ライシェル、何をぼうっとしてるんだよ、出発するよ?」
 すでにゾーンの背に跨つ少年王にライシェルはこくりと頷いた。
「ああ、すみません。そうですね。すぐに出発しましょう」
 ライシェルは馬の手綱を解いてやり、自由にしてやった。
 二人は、レイシア一の巨大鳥の、初の飛行者となったのである。


朱音は突然の吐き気に見舞われ、図書館のトイレに駆け込んでいた。
 ひどい頭痛。
 それも、あの蜂蜜とファーストキスの相手をキーワードに記憶を辿ろうとすると決まって訪れるのだった。急に目の前で真っ青になった友人の姿にびっくりし、愛美がトイレに同行してくれていた。勿論のこと、彼氏を待たせたままである。
「ね、朱音、一体どうしちゃったの?」
 心配そうに背中を擦ってくれる愛美の手に感謝しながら、朱音はパシャリと冷たい水で顔を濡らした。
「分かんない・・・。でも、なんか急に・・・」
「ちょっと根詰めて勉強ばっか頑張りすぎてんじゃないの? ちゃんと夜とか寝てる?」
 横からさっと可愛らしいハンカチタオルを差し出しながら、愛美は言った。
「うん、睡眠はちゃんと摂ってるつもりなんだけど・・・」
 受け取ったタオルハンカチで顔を拭くと、それがブランド品だということに気付き、ちょっぴり朱音は申し訳ない気持ちになった。
「気分転換は? 家にすっこんでばっかしてんじゃない? 時々はそのファーストキスの相手でも誘って、外でデートとかしなきゃ」
 ぷんすかしながら、愛美は続けた。
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