AKANE
 ヴィクトル王は悔やんでいた。やはり、あの時少年王を信じディアーゼに向かわせたことは間違いだったのかもしれない、と。そして、もしそうであれば、今頃実の弟とその師の命はもう失われていることだろう、と。
「目論見通りか? アザエルよ。わたしをここで殺すか?」
 無言のままアザエルはヴィクトル王に近付き、小さく呟いた。
「見縊(みくび)らないでいただきたい。我主はこのような下衆な真似はしない。愚王よ、まだ気付かないのか・・・? クロウ陛下がその気になれば、このような国ごとき、一瞬で消滅させてしまえるということを」
 エメは、背筋に走ったゾクリとした感覚で肩を震わせ、碧髪の美しい男に恐怖心を抱いた。
「では、なぜそなたはここでわたしを殺そうとしない」
 ヴィクトル王は重い口を開いた。
「愚問だな・・・。クロウ陛下はわたしに、“戻るまでヴィクトル王を守れ”と命じられた。ただそれだけのこと」
 アザエルからは微塵の殺気も感じられないことを悟ったヴィクトル王は、ふいと視線を逸らすと静かに椅子に腰を下ろした。
「信じた訳では無い。しかし、最後に賭けてみよう。そなたがそうまでして忠誠をつくす、クロウ王に。彼が再びこの城へ、我弟フェルデンを連れ帰り戻るということにな」
 ヴィクトル王の切り札はすでに尽きていた。しかし、“クロウ王”というジョーカーがどう化けるかというところに、最後の願いを託す他は無さそうだ。
「陛下、早くお逃げにならなければ、大変なことになります・・・!」
 エメの訴えにも関わらず、ヴィクトル王は羽ぺんを手にとり、
「いや・・・。わたしは逃げはしない」
と、そう口にした。
「な、なぜでございますか・・・!?」
 エメはヴィクトル王のデスクの前まで駆け寄った。
 ヴィクトル王はひらりと羊皮紙を一枚引き寄せると、さらさらとそこへペン先を走らせ始めた。
「民を見捨てて我が身可愛さだけに逃げることはできぬ。それが、わたしに課せられた国王としての務めだ」
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