AKANE
 紅い上等な布に包まれたそれを開くと、美しく彫刻を施された印が姿を露になった。
 金のその印は、確かに国の象徴であり、王家の紋章でもあるリリーの華が彫刻されていた。
 ヴィクトル王は、デスクに広げたままの羊皮紙に、取り出した国璽に朱印をつけ、しっかりと押印した。
「エメ。わたしの代わりにこの文を持ち、必ずフェルデンに届けよ」
 くるくると羊皮紙を端から丸めると、きゅっと紐で縛る。そして布に包んだ国璽を添えて、エメに手渡した。
「そんなっ! 陛下が直接殿下にお渡しになるべきです!」
 ふるふると首を横に振り、エメは涙しながら訴えた。
 彼自身、もう後が無いことはよくわかっていた。そして、すぐに帰還すると文を寄越したフェルデンや騎士団達が、この時点で白亜城に辿り着くことなどできないはしないということも・・・。
「陛下!」
 そう言ったエメを、半分無理矢理押し込むような形で、ヴィクトル王はランプとともに隠し通路へと追いやった。
 相変わらずアザエルはと言えば、柱にもたれ掛かったままぴくりとも動こうとはしない。あくまでクロウの命令通り、ヴィクトル王に命の危険が迫らない限りは一切の手出しをしないつもりらしい。
 バタリと未だ懸命に訴え続けるエメを無視し隠し扉を閉じると、何事も無かったかのように絨毯とデスクを手際よく元の位置へと戻した。
 城内の悲鳴と叫び声は未だ響き続けている。恐らくは城内は悲惨な状況になっていることだろう。
 そして、この王室にゴーディア兵が辿り着くのも、ほぼ時間の問題と言えた。
(フェルデン、この状況を招いた馬鹿な兄を許せ・・・。そして、この国を・・・、サンタシを頼んだぞ・・・!)

 豪雨の中、ゾーンは朱音に従い、荒れ狂う空の上を左右に揺さぶられながらもひたすらに進み続けていた。
 速度のある分、ぶつかる雨粒が石のように痛い。青白い雷の閃光は、すぐ近くでぴしゃりと眩い光を放ち、恐ろしい威力で地へと落下していく。視界はゼロ。一寸先さえ何も見えはしない。
 ここで手を滑らせて落ちてしまえば最後、いくらクロウの肉体とはいえ、朱音には生きていられる自信はない。
 
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