AKANE

11話 番外の手札


「何か様子が変だ」
 フェルデンが視界がほとんどきかない空中から、王都の異変を感じ取った。
 サンタシでは滅多に見られないこの豪雨に、王都中の民が皆家にすっ込んででしまっているということも考えられたが、それにしてもやけに静かすぎる。 
 日が落ちてしまったこの時間ならば、家の中で灯る光や街明かりが少しはちらついてもいい筈なのに、その光さえ一切伺えない。
 強い雨音と雷鳴のみが木霊し、あまりに不気味であった。
 ゾーンが、すぐ近くを横切った雷に驚き、
『びゃあ』
と、一声鳴くと、バタバタと翼を大きく羽ばたかせた。
「うわっ、ノムラさん! 落ち着いて!」
 朱音は懸命に巨大鳥を宥めつかせようと首のあたりを撫でるが、パニックを起こしたゾーンにそれはあまり効き目が無かったようだ。
「教会の傍で一度休ませよう」
 フェルデンの提案通り、朱音はなんとかゾーンを教会の真裏に降り立たさせると、僅かな軒下で一休みさせることにした。
「ノムラさん、休み無しで飛ばせてしまったもんね、ごめんね」
 すっかり意気消沈してしまったゾーンのがさがさとした毛羽だった羽毛を、朱音は撫でてやった。その横顔は、漆黒の闇のような髪に、透けるような真っ白い肌が雨に濡らされて、異様な艶っぽさを放っていた。
 フェルデンは、今ここにいる少年王に戸惑っていた。朱音の身代わりに覚醒した魔族の王であり、憎き魔王ルシファーの息子である筈の彼に、なぜか、もう憎しみという感情をぶつけることができないことに気付いていた。
 ここにいる少年の王の心は、真っ白で、あまりに穢れないもののように映った。
 こんなにも醜い嫌われものの巨大鳥でさえ、現に彼は恐れることなく、慈しみ、その愛を惜しみなく与えている。 
 そして、心のどこかで、フェルデンは気付き始めていたのかもしれない。この少年王のそうしたところが、あの、愛しい少女に、あまりに似ていることに・・・。
「あ、誰か出てきた・・・!」
 朱音は小声で叫んだ。
  はっとしてフェルデンは咄嗟に少年王の身体を壁にぐいと押しやり、「しっ」と黙するように口に人差し指を立てた。
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