AKANE
 敵かもしれない者の前に、無闇に姿を現すような無謀な真似は控えたいところだった。
 なるたけ息を殺し、そっと壁伝いに表の扉を覗き込むと、ひどく混乱した様子で教会の外に出ようか出まいかき決め兼ねている人物の姿がそこにあった。
「エメ!」
 フェルデンは、周囲をよく見回し、他に気配が無いことを確認してから素早く彼女の腕をぐいと掴んだ。後ろ手には朱音の手首を掴み、そのまま教会の扉の中へと身体を滑り込ませた。
「フェルデン殿下! 御無事だったのですね・・・!」
 エプロンを風呂敷のように巻きつけ、エメは大切そうに何かを抱きかかえていた。
 朱音は、もう二度と会えることはないだろうと思っていた、大好きな侍女との思わぬ再会に、思わず涙して駆け寄ろうとする自らの心をぐっと抑えていた。
 朱音は身の程を知っていた。今は、以前の朱音ではないということを。
 教会内は、薄暗く、蝋燭の火だけが揺らめきながら静かに中を照らしていた。
 扉の真正面には、月の女神アルテミス、太陽神アポロン、大地の女神ガイア、天空の神ウラノス、この四神が輪になって祈りを捧げる絵画が大きく描かれている。
 しかし、その中心には何も描かれてはいない。
 ぽっかりと開いた真白い空間は、創造主が描かれるべき場所だ。しかし、この国では偶像崇拝は忌み嫌われる存在であった為、敢えてそこには何も描かれなかったのだろう。
 雨音さえも遮断し、暖かい聖なる光に包まれるような懐かしい不思議な感覚に、朱音はなぜか胸の奥が痛んだ。これはきっと、父である創造主を裏切り、大罪を犯して天上界を永久に追放されたルシファーの罪の痛みだった。
「エメ、一体王都はどうなっている!? どうして君がこんなところに?」
 エメは簡潔に、尚且つ順序立てて成り行きをフェルデンに説明した。

 
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