AKANE
水流とともに落下していく最中、ファウストは高らかに笑っていた。美しき魔王の側近は、やはり血も涙も無い冷徹な男だという事実に笑わずにはいられなかったのだ。
少年王の危機を救う為にならば、他の誰が犠牲になろうとも厭わず、あの男は水で一掃させる手段を選んだ。そう、その中に例えヴィクトル王の命が含まれていようとも。
(やっぱ、アンタと俺は同じ匂いがするぜ・・・。なあ、アザエル閣下)
急速に接近する地面に向け、ファウストは炎を噴射した。巻き起こった強い熱風で地面との激突を回避すると、くるりと宙で反転し近くの草の上に着地した。
見上げると、遙か上の方で城の壁が崩壊している場所がある。恐らくは、あそこがヴィクトル王の王室であった。
よく見れば、足元にはおかしな方向に折れ曲がったゴーディア兵の遺体が、何体も転がっている。あの部屋からアザエルの出現させた水流で押し流された者達であろう。
あれ程の攻撃を絶え間無く仕掛けたにも関わらず、一発たりともあの男に当てることができなかった。しかしながら、あの無敵と思われる碧き美しい男と互角にやり合える程に自らの魔力が達していたことに、確かな手ごたえを感じていた。
「くそう・・・! アザエルめが、またわたしの邪魔をしおって・・・!」
そこにもう一人、落下による死を免れた男がいた。
忌々しげに痩せて骨ばった手を握り締め、ぽっかりと空いた王室を睨み見るヘロルドの姿がそこにあった。
全身濡れ鼠のようになったヘロルドは、どんな手を使ったのかは知らないが、無傷のまま地上に突っ立っている。
「おい、おっさん。取引きしないか?」
ファウストは水を含んだ服の裾をぎゅっと絞ると、不敵な笑みを浮かべた。