AKANE
「ク・・・クロウ・・・」
 掠れた声がして、朱音はふとそちらに視線をやった。
「ヴィクトル陛下・・・?」
 少し離れた場所で、瓦礫にもたれ掛かるようにして倒れるヴィクトル王の姿が目に入った。
 しかし、その背には、太く尖った木片が突き刺さり、腹部を貫いていた。木片はヴィクトル王の血を吸い、赤く滑っている。
「兄上!!!」
 フェルデンがごふりと血を吐き出したヴィクトル王の傍に駆け寄り、そっとその手を握り締めた。
「・・・美しき・・・魔族の・・・王、クロウよ・・・。愚かなるわたしの・・・行いを・・・許して欲しい・・・。今こそ・・・、長年の戦を終結させ・・・、人間と・・・魔族が、共に手を・・・取り合う時が来た・・・」
「兄上っ、喋ってはいけません! 誰か医者を呼んでまいります・・・!」
 その場から立ち上がろうとしたフェルデンの手を掴み、ヴィクトル王は静かに首を横に振った。
「フェル・・・。誇り高きサンタシの・・・騎士よ・・・。わたしの・・・愛するただ一人の・・・弟よ・・・。これからは、お前が・・・わたしに代わり、この国を治めるのだ・・・。わたしが成しえなかったことを・・・お前に託す・・・。決してヘロルドに・・・王の印を・・・渡し・・・て・・・」
 開かれたブラウンの瞳からは、生の光が失われてしまった。フェルデンの手を掴んでいた手が力無くだらりと垂れ、砂の上にことりと転がった。
「兄上・・・?」
 フェルデンは動かなくなった兄の肩を揺さ振るが、彼が再び反応することは無かった。
「嘘・・・」
 朱音は、呆然としてその光景を見つめていた。
「兄上っ」
 優しきサンタシの騎士は、兄の首元に顔を埋め泣いた。
 そして、朱音も静かに涙を流していた。兄想いの彼の心の痛みを、朱音はまるで自分のもののように感じていた。
 もう誰も失いたくはないのに、朱音の親しい人達は次々と儚く命を散らせていく。
「おいおい、マジか? ちょっと脅かしてやるつもりだったのに、まさかこんな呆気なく終了とかぬかすなよな?」
 民家の屋根から、月明かりで伸びた影が揺れる。
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