AKANE
 朱音は、動かなくなった我子を抱き、泣き崩れる見知らぬ母の姿に、ただ呆然として立ち止まった。
「遠かれ近かれ、起こるべくして起こったこと。陛下が嘆くことはありません」
 アザエルは立ち止った朱音の後ろから感情の篭らない声でそう言った。
 朱音は今だ流れ続けている涙を手の甲で拭うと、アザエルを振り返った。
「ファウストを許すことはできない・・・。だけど、それ以上にわたしはわたしを許すこともできない・・・」
 朱音は残された最後の時がもう目前に迫ってきていることを知っていた。
 これ程の緊迫した中というのに、先程からひどい眠気を感じることも。そして、次に眠ったとき、自分が今こうしているように目覚めることがきっと無いであろうことも。
 ふと、ファウストが炎弾で破壊するその向こうから、何か巨大なものが迫り来ることに朱音は気付き、黒曜石の瞳を大きく見開いた。
 巨大な竜巻。
 それは、ちょうどセレネの森あたりから音もなく近付き、木々や緑を片っ端から巻き上げ飲み込みながらゆっくりと王都へ近付いていた。
「何・・・、あれ」
「自然現象などではないようです・・・、あれは風の魔術・・・」
 じっと碧い目を細め、アザエルは巨大な竜巻の中心に誰か発現者が存在することに逸早く勘付いた。
「と、止めなきゃ・・・!」
 しかし、その一方でファウストはその風の存在をもともと見知っていたかのように、向かい来る竜巻とは逆の方向へと身軽に移動を始め、王都の外へと脱出しようとしていた。ここで彼を逃せば、今度は他の街を破壊しに向かうだろう。彼をみすみすここで見過ごす訳にもいかない。
 ファウトは時計台の頂点に立つと、片手を上げて何か合図をしている。
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